次年度に向けて「タイピングの指導、どうしてる?」 リーディングDXスクール事業 公開学習会 リポート Vol.7
2024年3月5日に実施された“リーディングDXスクール事業”第7回公開学習会では、タイピング指導に関する取り組みが紹介されました。
子どもが楽しみながらタイピングを学ぶための方法や、タイピング学習によって得られる成果に焦点を当てた学習会となりました。
本記事では公開学習会の発表内容と、質疑応答の様子をリポートします。
登壇者
学校DX戦略アドバイザー
札幌市立稲穂小学校 元校長 菅野光明 氏
学校DX戦略アドバイザー
足立区教育委員会 学校ICT推進担当課 統括指導主事 西野厚 氏
司会・進行:
学校DX戦略アドバイザー
沖縄県教育庁県立学校教育課 教育DX推進室 主任指導主事 大城智紀 氏
学習の基盤としてのタイピングの重要性
最初に、沖縄県教育庁県立学校教育課 教育DX推進室 主任指導主事 大城智紀氏から学習の基盤としてのタイピングの重要性について説明がありました。
そして、本学習会の目的として「令和6年度4月に向けてタイピング指導の実践イメージをつかむ」「学校の指導実践と教育委員会の実践につなげる」ことを挙げ、話題は菅野氏による学校でのタイピング指導の取り組みに移っていきます。
札幌市立小学校におけるタイピング指導の取り組み
続いて学校の現場におけるタイピング指導の取り組みについて、札幌市立稲穂小学校元校長の菅野光明氏から紹介がありました。
楽しみながら取り組むタイピング学習
菅野氏は2016年頃、コンピューター室で利用できる無償のタイピング練習ソフトの普及に取り組んだことを説明。学校だけでなく家庭からも練習を行いたい人を募集するポスターを校長室の前に掲示したそうです。
さらに、定められた級に合格すると賞状が発行され、これが子どものモチベーションに繋がっていることを強調します。
菅野氏は「楽しみながらスキルを育てたい」という考えを当時から抱いていたと述べ、楽しみながらタイピングに慣れていける環境を重視していると説明しました。
札幌市稲穂小学校におけるタイピング指導の変遷
2018年頃、教員間で「タイピングは必須のスキルになる」という会話が行われていたと、菅野氏は語ります。
またGIGAスクール構想が進む中で、「ログインIDやパスワードに関する課題も上がってきた」と述べ、まだ端末に馴染みのない低学年の子どもたちでも、アルファベットを使用してログインができるような工夫を行ったことを紹介しました。
菅野氏はフラッシュ教材を使った英語の学習も行われていることも解説。ローマ字の学習は本来3年生で実施されるため、タイピング学習と同時期に行うと子どもの負担が大きすぎると考え、1年生から少しずつローマ字の学習を始めたと語ります。
具体的なタイピング指導の方法
次に菅野氏はタイピングスキルをどのように育てていったか、方法の解説に移りました。まずは1学期の初めに時間を確保してソフトの使い方を学習し、その後は隙間時間を使ってタイピングを練習していったそうです。
菅野氏は実際の教室の様子を示しつつ、隙間時間を利用した学習の様子を紹介。学習できる内容として計算練習やスライドづくりも用意されているそうですが、その中でもタイピングが一番人気だと菅野氏は語ります。
続けて菅野氏は、子どもが積極的にチャレンジしたくなるような仕掛けも有効だったと強調。子どもたちにいち早く賞状を手渡すべく、日常的に合格報告を確認できる環境を作ったそうです。
また菅野氏は2年生の事例について解説。担任の先生が毎朝クラスルームのチャットに手紙を投稿している様子を公開しました。
開始当初は自分の名前を返事としていた子どもたちですが、数か月後には文章作成がどんどん上達し、しっかり文章で返事ができるほどに成長したそうです。
タイピング指導による成果
最後に菅野氏は、タイピング指導を行ったことによる成果を発表しました。子どもたちによるタブレット端末を活用した掲示物の制作機会が増えていることを例にタイピングによる効果を強調し、併せて「考えをまとめること」や「表現すること」に自信がついたことで手書きの掲示物も増えていったことも報告しました。
菅野氏は「大切なのは考えたりまとめたりする時に、タイピングが負担にならないようにすること」と目標を述べ、理科の実験を行いながら難なくタイピングで情報をまとめる子どもの様子を動画で紹介し、発表を締めくくりました。
質疑応答
続いて、司会進行を務める大城氏から菅野氏に対して質疑応答の時間が設けられました。
校長として様々な取り組みを行おうと思ったきっかけは?
菅野氏は担任の先生の負担を減らすために、自ら賞状を渡そうと思ったのがきっかけだと回答。
校長である菅野氏が賞状の準備などを進めることで担任の先生の負担も減少し、より積極的にタイピング学習の推進が行える環境になったと述べました。
子どものタイピングに対するモチベーションを上げるための工夫は?
菅野氏は賞状の贈呈やランキング表の更新を早急に行うようにしていたと回答。
子どもたちがタイピング学習に対する楽しみを維持するための環境づくりには特に注意していたことを説明しました。
ホームポジションの指導方法は?
菅野氏は年度が替わる際にホームポジションの見直しを行うことを推奨すると回答。
使用しているタイピング練習ソフト(キーボー島アドベンチャー)の利点として、年度末になると各級の合格履歴がリセットされ、最初から挑戦するような状態になることを説明しました。
子どもは「早く元の級に戻りたい」と考えるため、「早く正しく入力するためのホームポジション」を意欲的に学んでもらえると述べました。
タイピング学習を通じて子どもに起こった変化は?
菅野氏は子どもの学習の質が高まり、考えることやまとめることに集中できるようになっていると回答。
2年生はこういった活動をしたいから1分あたり10文字程度、5年生はこういった活動をしたいから2分あたり100文字程度というように、入力できる文字数と各学年の学習活動を連動させて目標となる基準を決めるのがよいのではないかと、先生方に伝えていたと説明しました。
足立区におけるタイピング指導の取り組み
続いて、教育委員会におけるタイピング指導の取り組みについて、学校DX戦略アドバイザー・足立区教育委員会 学校ICT推進担当課 統括指導主事、西野厚氏より発表がありました。
足立区における教育の基本方針
西野氏は最初に、足立区では発達段階に応じて求められる情報活用能力を規定しており、学習指導要領に沿った形で、各学年で取り組む内容が取り決めされていることを解説します。
この教育規程を制定した理由として、タイピングのスキルをはじめとする情報活用能力についての学校間格差を少しでも解消することを理由としてあげていました。
足立区におけるICT教育の施策
続いて、西野氏は足立区におけるICT教育の施策の詳しい解説に移ります。
1つ目の施策として、小学校1年生を対象にしたChromebookの出前授業を紹介。Googleの認定教育者の資格を持っている職員を小学校に派遣して授業を行っている様子を紹介しました。
出前授業では、端末の持ち方やカメラの使い方、モラルや健康上の注意といった、端末を利用するうえでの基礎を扱っているそうです。
西野氏は2つ目の施策として、4年生向けの「ジュニアICTリーダー育成プログラム」と呼ばれるGoogleと足立区の連携事業について説明。専門家によるプレゼンテーション資料の作り方や発表の仕方を中心に取り組むプログラムであることを解説しました。
3つ目の施策としては、5年生向けの「あだちICTマスター」を紹介。本プログラムにはICT機器やアプリの機能、モラルに関する問題をはじめとした問題が用意されており、すべて合格した子どもにはICTマスターというシールを贈呈していると語ります。
これらの施策は、学年に応じた情報活用能力を定着させ、学校における端末を活用した教育活動を支援することができたとのこと。そして、端末活用の基本的なスキルともいえるタイピング施策「あだちタイピングチャレンジ」については、全学年を対象に取り組んでいると説明しました。
あだちタイピングチャレンジの取り組み
続いて西野氏は、あだちタイピングチャレンジがどのようなプロセスで誕生したのか解説。 学校間の情報活用能力の格差の解消に加え、GIGAスクール構想による1人1台端末の環境で ICTをより有効活用する機運醸成につながる楽しい取り組みを目指して始動したそうです。
また西野氏はあだちタイピングチャレンジの対象と形態について解説。今年度のバージョンとなる令和5年度バージョンを例に説明しました。
小学校全学年が対象となっており、5年生の参加は必須にしていることを説明。その理由として、次年度に行われるコンピューター上で行う試験方式であるCBT(Computer Based Testing)に備えての判断だとしています。
西野氏はあだちタイピングチャレンジへの参加形態として個人参加、学級での参加のほか、クラブや委員会単位での参加の声も受けていると説明。柔軟に参加者を受け入れていることを強調しました。
参加者に贈呈する賞も複数用意しており、個人賞、学級賞、クラブ賞、さらには全学級が学級賞を獲得した際に獲得できる学校賞、すべての賞を獲得したことを示すグランドスラムまで用意されていると語ります。
あだちタイピングチャレンジの成果
西野氏は学校からの声をもとに、あだちタイピングチャレンジの成果を発表。
「低学年でもタイピングをすぐに覚えることができた」という声も多いと語り、雨の日、外遊びができない日に自由に端末を使えるようにして、タイピング学習の時間を増やしたことも効果的だったと説明しました。
最後に西野氏は「情報活用能力の育成にこの話が少しでも役立てば幸いだなと思います」として、発表を締めくくりました。
質疑応答
続いて、司会の大城氏から西野氏に対して、質疑応答の時間が設けられました。
あだちタイピングチャレンジによる具体的な子どもの変化は?
西野氏は字を書くことが苦手な子どもたちが、どんどん文章を書けるようになっていると回答。
文章を書くことが身近になり、子どもたちの活動の幅が大きく広がったと語ります。また、学校や教育委員会でも、子どもにタイピングを学ぶ意義を共有したうえで取り組めていることを補足しました。
表彰してもらった子どもたちの反応は?
西野氏は子どもたちが大いに喜んでくれている、という報告を受けていると回答。
また、表彰を受けることで子どものモチベーションにつながり、新たな才能を見出すことにも貢献していることを補足しました。
あだちICTマスターの具体的な内容は?
西野氏は情報モラル、ICT環境、アプリケーションの作成の3部門が中心であると回答。
加えて、算数の授業と関連付けたプログラミングの問題も出題されていると補足しました。また、これらの問題を解くためにはタイピングスキルは必須であり、基礎力としてタイピングスキルも問われていることを説明しました。
教育委員会と学校の連携状況は?
西野氏は説明会等は行っていないものの、区の基本方針説明が管理職の教員に浸透していると回答。
ICT教育の意義や教育方針について、連携を行ったうえで教育活動を進めてもらっていることを説明しました。
大城氏によるまとめ
最後に司会・進行を務めた大城氏から、文部科学省が公開している「情報活用能力のためのアイデア集」を参照しつつ、今回の学習会のまとめが行われました。
アイデア集には「小学校の早い段階からキーボードによる文字入力ができるように指導しましょう」という方針が記されており、稲穂小学校や足立区で行われている取り組みは、この方針に合致していると解説がありました。
また、タイピングする際に、ホームポジションを意識して取り組んでいる児童生徒ほど、姿勢が良く、またタイピング入力の速度も早いと話されていました。また、はじめは、入力の早さよりも正確性を大切にし、ホームポジションの確認も先生や子ども同士で適宜確認することで意識化が図れると解説がありました。
タイピング学習のポイントとして子どもたちのタイピングに対するモチベーションを高めるための仕掛けが大切だということを、再度強調しました。
最後に大城氏は、タイピングの情報活用能力の技能としての位置付けについて言及。発達段階に応じた指導の工夫が学習内容の質の向上につながり、タイピングの指導は学習の基盤を作るうえで非常に重要だと語ります。
タイピング学習の時間の確保に関しては、隙間時間の活用や自宅学習の時間をうまく活用している今回の学習会の事例を参考にしつつ、タイピング指導の充実に向けて取り組んで欲しいと希望を述べ、学習会を締めくくりました。