標準仕様とクラウドを活用した教員研修の工夫と効率化の取組 リーディングDXスクール事業 公開学習会 リポート Vol.6
2024年1月15日に実施された“リーディングDXスクール事業”第6回公開学習会では、静岡県吉田町におけるGIGA端末の標準仕様とクラウドを活用した教員研修への取り組みが紹介されました。
吉田町ではチャットやクラウドを活用して町全体でつながる教員研修を実施。端末活用を通じて生じた変化に焦点を当てた学習会となりました。
本記事では公開学習会の発表内容と、質疑応答の様子をリポートします。
登壇者
静岡県吉田町教育委員会 指導主事 平井奉子 氏
司会・進行:
学校DX戦略アドバイザー
信州大学教育学部准教授
佐藤和紀 氏
吉田町における取り組みの紹介
最初に、学校DX戦略アドバイザー・信州大学教育学部准教授の佐藤和紀氏から吉田町におけるDXの取り組みの紹介がありました。
佐藤氏はまず、クラウドを利用した指導案の共有を実践事例として紹介(後述の「研修会全体のDX化とその成果」に詳細を記載しています)。町の全教員が情報に容易にアクセスできるようになり、チャットを利用した事前ディスカッション等も可能になるなど、町全体でのDXが進行していることを説明しました。
リーディングDXスクール事業が始まってから、授業の板書にも変化があったと語ります。板書で授業内容だけでなく方法や過程を示し、子供たちが自分で情報を収集・整理する学習が行われていることを説明しました。
佐藤氏は「ただ知識を得るような学習ではなく、知識を構造化していくような学習が定着しつつある」と述べ、このような状況が吉田町の多くの学級で見られるようになったと言います。
また、吉田町では子供たちにどのような力をつけていくか、といったことを構造的に捉えるカリキュラムマネジメントを行っていることを説明。これを実現するための基盤となるのが学級経営であることを述べました。
そして学級経営力を高めていくために教員研修が重要であり、実際にどのように研修が行われているか、という話題に展開していきます。
町全体で取り組む研修会
続いて静岡県吉田町教育委員会 指導主事の平井奉子氏から、「町全体で取り組む研修会」の発表が行われました。
吉田町には小学校が3校、中学校が1校存在し、4校すべてがリーディングDX事業の指定校となっていることを説明。4校が連携して学びを深め、研修の日常化を目指していることを示したうえで、詳細な解説に入っていきます。
吉田町における全教職員研修会の様子
平井氏はまず「吉田町全教職員研修会」について説明しました。全教職員研修会は年間5回実施されており、第1回はオンラインで開催し、大きな目標を教職員全体で共有することを解説。2回目以降については公開授業研修という形式で行われていることを説明し、4校それぞれがクラスを公開して他3校と見せ合っているとのことです。
公開授業の後に事後研修が行われており、研修に際して教員も端末を持参・活用していることを強調。参観中の様子も紹介し、校内研修においても教員による端末活用が日常化していると語ります。
研修会全体のDX化とその成果
続いて、研修会全体のDXについて解説します。平井氏は「当日だけでなく、事前準備の段階から研修会全体をDXしています」と述べ、一例として授業案をクラウド環境で活用可能な文書作成ソフトなどで作成し、共有していることを説明しました。
授業案では子供の作成したスライドや振り返りシートなども共有することで、子供の学びの過程を共有していると説明。事前に教員間でコメントし合って準備を進め、理解を深めた状態で授業参観に臨める環境を構築していることを強調しました。
DXによる子供たちの変化
平井氏は授業のDX推進による子供たちの変化にも言及します。教員がいない自習クラスでも、GIGA端末を活用して自主的に学びを進められる環境ができていることを説明しました。
加えて、子供によるチャット活用事例も紹介。実験結果を共有して友だちと相互参照しながら授業のまとめを進める、授業時間における自分の課題をチャット上で周囲に共有する、といった事例を取り上げました。
続いて、このような子供の姿から成長を感じることがあるかという点に関する校長先生へのインタビューを紹介しました。校長先生は主な変化として、授業への参画意識の向上、個別最適な学習方法の選択、他者参照による見える化、成長の実感や向上心の上昇を列挙し、授業への意識が「教えてもらうもの」から「学び取るもの」に変化したことも大きいと言います。
また校長先生は、町内での人事異動が活発化し、現在中学1年生を担任する教員8人のうち約半数が小学校経験を有する教員であることを説明。子供たちが小学校と中学校のギャップを感じることなくのびのびと学べていると語りました。
全教職員研修会の成果
次に、全教職員研修会の成果に関するインタビューが紹介されました。中学校校長は「お互いに小学校・中学校を行き来することで小中の理解が進んだと思っています」と語り、全職員研修会による教員の交流を貴重な機会と位置付けました。
続いて小学校校長から、全教職員研修会を皮切りに指導案の大幅な変更、子供の視点に立った新しい挑戦に踏み出したことが語られました。指導案をクラウド上で共有できるようにしたことで教員の自由度が上がり、創意工夫が多く見られるようになったとのことです。
また、研修主任のリーダーシップや学び合う職員のやる気の向上についても言及。「町の教員みんなでより良い授業にしよう」という意識の向上につながったことを強調します。
加えて「全教職員研修会に向けて頑張ろう」という気持ちが生まれたと語り、他の学校と共同で行うことによる一定の負荷が良い方向に働いたことを説明。「自分たちも頑張ろう」という気持ちを生み、研修を推し進める力になっていると述べました。
質疑応答
発表後、司会進行を務める佐藤氏による全教職員研修会に関する質疑応答の時間が設けられました。
全教職員研修会の良さは?
平井氏は全教職員研修会の良さについて、授業を見る時間を確保できる点、小中学校のつながりを形成しつつ、他校のことを深く知る機会になる点を挙げました。
「小中学校がお互いの授業を見る機会はほとんどなかった」との平井氏からの回答には、佐藤氏も同調。「道路を挟んで隣の中学校のことすらほとんど知らなかった」と、自らの過去の経験を引き合いに出し、他校を直接知る機会が貴重なものであることを強調しました。
全教職員研修会の準備・運営のポイントは?
平井氏は「どこに相談するか、誰に相談するかっていうところが重要だと思う」と回答。校長をはじめ周囲の教員に提案し、みんなで決めていくことから始めるのがよいのでは、と語ります。
加えて平井氏は、できるだけ教員の負担の少ない形で研修会を行うことの重要性を強調し、短い時間でも参加できるような工夫をすることが大切だと述べました。
全教職員チャットルームについて
続いて、話題はGoogle Chatを利用した全教職員チャットルームに移りました。
チャット利用の事例紹介
平井氏は「チャットの活用が活発化してくると、それ自体が研修となり、研修が日常化してくると感じています」とし、具体的なチャット活用の事例が紹介されました。
一例として、授業参観に際してはチャットを利用した情報共有が当たり前になってきていることを紹介。自らが実践したことや感じたことを発信する教員も増加し、チャットを実践事例集として活用できていると説明しました。
また発信内容が残り続け、各教員が自分のタイミングで確認できる点もチャットの強みとして解説しました。時間が定められた研修会を開かなくても教員間のコミュニケーションがとれるため、研修の日常化につながっていると言います。
チャットによる研修の日常化
次に、チャットによる研修の日常化について、各校の研修主任のインタビューが紹介されました。紹介された意見の一部を抜粋してご紹介します。
「大きな研修会という形を取らなくても、チャット活用によって日常的に研修ができていると思う」
「チャットやクラウドによる共同編集は自分が必要なときに参照でき、教員同士がタイミングをあわせず自分のペースで研修を進められる点が魅力」
「チャットで各教員が情報共有をすることで、各教員がどのような授業をやっているのか共有できるようになり、実際に授業を見せ合う機会の増加につながった」
「各教員が行っている授業の工夫が共有されることで、良い工夫がどんどん教員間に広がっている」
「全教職員研修会で実際に授業を見に行く機会ができ、これまで見ることがなかった小学校の授業のイメージがつかめた」
「クラウド活用によって教員が集合する必要がなくなり、隙間時間で研修が進められるようになった」
平井氏はこれらの意見を受けて、各学校でチャットの活用が段階的に進んでいることを説明。端末を有効活用する教員が増えることで、日常的に教員間でコミュニケーションを行えることが研修の日常化につながっていくことを強調しました。
チャット利用の活性化に必要なこと
続いて平井氏は、チャット利用を活性化させる方法に言及しました。有用な情報共有を続けてチャットを見る必然性を生み、教員に「チャットを見たい」という気持ちを生む工夫が大切だと説明します。
加えて、各教員に回答を促すような、反応をしやすくする発信を行うことも必要だと語ります。チャット利用を始めたばかりの反応がない時期でも地道な発信を続け、少しずつチャットが便利であると認識してもらうことが大切だと述べました。
質疑応答
続いて、チャット利用に関する質問に回答する時間が設けられました。
チャットを取り入れる際のルール作りは事前に行いましたか?
平井氏は「ルール作りの前にとりあえずやってみよう」というスタンスであると回答。
実践する中でルールを整備していく、という方法を取っていることを説明しました。
校務支援システムとの兼ね合いは?
平井氏は「できるだけシンプルに統一していった方がいいと思うので」と前置きしたうえで、Googleのツールで行えることはGoogleに統一していると説明。子供と同じツールを利用することにメリットがある、という考えも示しました。
教員の情報活用スキルの差はどのように解決していったか?
平井氏は「特に町全体での操作研修等は行っていない」と回答。
「みんなでやっていこう、という姿勢で取り組むとみんなで教え合う空気になっていく」と述べ、お互いにサポートしあえる環境づくりの重要性を説きました。
吉田町におけるDX推進のここまでの道のり
続いて佐藤氏が、吉田町の教員がここまでどのようにDXに取り組んできたか、各教員の過去の取り組みや心情の紹介を交えて解説しました。
佐藤氏は、全体の傾向として最初はモチベーションが低いものの、GIGA端末に慣れてきてからモチベーションが上昇している教員が多いことが特徴だと語ります。
佐藤氏は、教職歴26年・2年学年主任の教員を例に挙げ、GIGAスクール開始当初は「よくわからないが、使ってみようと思っていた」と若干の不安を感じていたものの、少しずつ端末利用を拡大したことを紹介。公開授業で板書を書かない新形式での授業に挑戦したところ好評で、徐々に端末利用に対するモチベーションが上がってきたと言います。
続いて教職歴13年・6年学年主任の教員について、GIGAスクール開始時から電子黒板やチャット利用への戸惑いがあったと紹介。モチベーションが上がらない時期が続いていたものの、2023年から少しずつ端末活用に挑戦してみた結果、「GIGA端末やクラウドの有用性がなんとなくわかってきた」と心境が変化してきたことを紹介しました。
このように「とにかく、やってみること」を通じて、教員が徐々にDXの有用性を感じていることが、各教員への調査によって明らかになりました。
ここで佐藤氏が現場の声を知る平井氏に、これらの調査結果をどう思うか尋ねると、平井氏は各教員の悩みについて「本当に気持ちがよくわかります。何がわからないのかがわからないというか…」と共感を示しました。
そして、DXにおける「答えがない」ことについての難しさにも賛意を示し、明確な方法がわからない以上はやってみるしかないことをあらためて強調しました。
最後に、佐藤氏は教員同士で切磋琢磨していく姿勢に言及。教員の「他のクラスで新しいチャレンジをしているのを見て、自分もチャレンジすることが増えた」という意見を紹介し、今後のDX推進においても教員研修による相互作用は重要になるのではないかと見解を示しました。
質疑応答
続いて、各教員の経験やここまでの道のりに関する質疑応答の時間が設けられました。
教員のモチベーションを高めるために町単位で働きかけたことはありますか?
平井氏は「チャットやクラウドで教員全員がつながっているので、そこでのやりとりの積み重ねじゃないかなと思います」と回答。
特別な働きかけは行っておらず、日々の積み重ねを重要視していることを語りました。
子供のチャット利用に否定的な声にはどのように対応しましたか?
平井氏は特別な対応をしたわけではなく、教員間でのチャット利用が広がると同時に理解が広まっていった旨を説明しました。
「チャットによるコミュニケーションは冷たい」という否定的な声も、自らチャットを使ってみることで、教員が見方を変えるきっかけになったと語ります。
平井氏によるまとめ
続いて、平井氏による本学習会のまとめが行われました。平井氏は全体を通じて述べてきた「とにかく、やってみること」の重要性をあらためて強調。
これに付随して「授業を見合う時間をつくる」「気になったことは積極的に共有して話をする」「チャットやクラウドで常にゆるくつながりながら情報を共有できる場をつくる」ことも重要だと補足しました。
また「やり続けること」の重要性にも言及。これを実現するためには「効率化への努力」「大きな目的の共有」「心理的安全を確保したうえでの積極的な発信」が重要であると説明しました。
最後に、平井氏がDXにおいて意識していることとして「日常化」を挙げ、結果だけでなく日々の過程を共有することの大切さを説明。学習・研修・校務といった様々なことをつなげて考えることで持続可能になるはずだとまとめ、学習会を締めくくりました。