令和6年度 リーディングDXスクール事業 生成AIパイロット校 成果報告会
2025年1月22日、「リーディングDXスクール事業 生成AIパイロット校 成果報告会」が開催されました。本記事では報告会の概略についてお伝えします。
◆開会・趣旨説明
事業企画委員長 東京学芸大学教職大学院教授・学長特別補佐 堀田 龍也氏
◆ガイドラインの改訂について
文部科学省 初等中等教育局学校情報基盤・教材課長
学校デジタル化プロジェクトチームリーダー 寺島 史朗氏
◆基調講演
東京大学国際高等研究所東京カレッジ准教授 江間 有沙氏
◆パネルディスカッション【情報活用能力と生成AI】
モデレーター:事業企画委員 信州大学教育学部准教授 佐藤 和紀氏
パネリスト:松阪市立米ノ庄小学校校長 楠本 誠氏
岩沼市立岩沼北中学校主幹教諭 伊藤 将人氏
千代田区立九段中等教育学校主幹教諭 須藤 祥代氏
◆ポスター展示(全てのパイロット校が実施)
◆講評・閉会挨拶
事業企画副委員長 東京学芸大学教育学部教授 高橋 純氏
開会・趣旨説明:生成AIの利用拡大とそのリスク

報告会は、事業企画委員長の堀田氏による趣旨説明から始まります。
最初に堀田氏はリーディングDXスクール事業の概要を振り返り、本事業が始まった昨年度、世間で生成AIが大きく話題になっていたことを再確認。
生成AIが本格的に普及し始めた2年前、AIには不完全な点も多く、優れた技術である一方で「本当に子どもが使うべき技術なのか」という懸念もあったと当時の状況を振り返ります。
そして堀田氏は文部科学省が公表した生成AIの暫定的なガイドラインが元となり「生成AIパイロット校」の創設につながったことを説明。
昨今は生成AIが安定的に使えるように進化し、教員の働き方改革に向けて校務での利用が増加していることも補足し、本報告会におけるポスター展示では、挑戦的かつ現実的な取組が行われていることを説明しました。
最後に堀田氏は本報告会のプログラムを説明し、基調講演やパネルディスカッションを通じて学びを深め、ポスター展示にて相互に学び合い、新たに知見を深めていこうという方針を示します。
堀田氏は「これからの学校教育の新しい形に向けて、みなさまの研究成果が広がっていけばと思っています」と述べ、趣旨説明をまとめました。
報告:ガイドラインの改訂について

続いて、文部科学省初等中等教育局 学校情報基盤・教材課長 学校デジタル化プロジェクトチームリーダー 寺島史朗氏による報告がありました。
寺島氏の報告では、2024年12月に改訂された生成AIの利活用に関するガイドラインの改訂が中心テーマとなります。
ガイドラインの概要

まず寺島氏は「学校現場における生成AIの適切な利活用を実現する」というガイドラインの目的を説明。本ガイドラインが「基本的な考え方」と「具体的な利活用のポイント」、「参考資料」の3つのパートから構成されることを前提として説明しました。
寺島氏は、改訂版ガイドラインにおいて、生成AIの急速な普及がもたらすリスクが指摘されていることを紹介。
現状、誤った出力を完全に防ぐことは難しいとされていることやバイアスなど生成AIの有する性質を踏まえた対応をしていく必要があると語ります。
生成AIの利活用における基本的な考え方として「人間中心の利活用」と「情報活用能力の育成」の2つを基本的な考え方として紹介し、「生成AIを利活用すること」自体を目的とせず、資質・能力の育成に寄与するか、教育活動の目的を達成する上で効果的か否か判断するなど、ガイドラインを基に解説しました。
加えて「教員側にも一定のリテラシーを身につけることが重要になる」と述べ、子どもだけでなく、教員にもAIリテラシーが要求されることを強調。
また、生成AIが社会生活に組み込まれていくことを念頭に、情報モラルを含む情報活用能力の育成を充実させていく必要があると説明しました。
学校現場において押さえておくべきポイント

続いて報告は学校現場で押さえておくべきポイントに移っていきます。
寺島氏は、共通して押さえておくべきポイントとして、
1.安全性を考慮した適正利用
2.情報セキュリティの確保
3.個人情報・プライバシー著作権の保護
4.公平性の確保
5.透明性の確保、関係者への説明責任
の5つのポイントを列挙。
新しいガイドラインでは、生成AIの校務利用について「適切性を判断できる範囲内で積極的に利活用することは有用」と示されていることを特徴として紹介しました。
また寺島氏は生成AIの校務利用の具体的な場面として、教材や確認テスト問題の原案作成、お便りや案内文の原案作成、保護者面談の日程調整などを紹介。
注意点として、重要性の高い情報や個人情報を入力しない、著作権侵害になる使い方をしないなど、教員が適切に判断してほしいと付け加えます。
なお生徒の学習活動における生成AIの利活用については「発達の段階や情報活用能力の育成状況に留意しつつ、リスクや懸念に対策を講じた上で利活用を検討すべき」とガイドラインから引用しつつ再度強調しました。
教育委員会が押さえておくべきポイント

最後に寺島氏は、教育委員会が押さえておくべきポイントに言及。
学校の実態を十分に踏まえ、硬直的な運用ではなく柔軟な対応が必要なこと、先行事例や教材・ノウハウの共有を通じて生成AIの適切な利活用を推進する環境を整備することを挙げました。
最後に、教育委員会は適切な情報提供や研修等のサポートを行うことができるような体制を作ること、保護者の経済的な負担にも十分に配慮をしながら丁寧な情報提供を行うことの重要性を再度強調し、報告を締めくくりました。
基調講演:人工知能AIと私たちの社会

続いて、東京大学 国際高等研究場東京カレッジ准教授 江間有沙氏による基調講演に進みます。
「人工知能AIと私たちの社会」と題して、社会科学の観点から生成AIの利活用を考えるための講演となりました。
人工知能と公平さの問題

江間氏はまず、人工知能には人間が生み出したものを一部学習していくという特徴を強調し、これを「私たちの社会を写す鏡」と表現。社会に潜む偏見や差別も学習し、再生産してしまう危険性があると注意喚起を行いました。
江間氏は再犯リスク予測AI「COMPAS」の事例をもとに、生成AIの公平性の問題に言及します。
「公平さとは何かを数学的な手法だけで解を出すことは極めて難しい」と説明し、何が公平かを社会的に決定して生成AIに反映する必要があることを強調。AIが公平さを正確に判断できない今、最終判断は人間が総合的に考えて行う必要があると語ります。
続いて江間氏は「AIの利活用に関する十分な周知を社会にしたうえで、何か問題があったときに反対や意見の声を挙げられる仕組みや窓口を作ることが重要だ」と、ユーザーの意見を反映できる環境の重要性を強調しました。
さらに江間氏は「あなたはあなたが食べたものからできている」というフレーズを引き合いに、AIにも似たようなことが言えると主張。AIによる誤った価値観の増産を防ぐためにも、私たちが食べものにこだわるのと同様に、AIに学ばせるデータも慎重に選ぶ必要があることを説明しました。
AIに対するフィードバックの重要性

続いて話題はユーザーによるフィードバックの重要性に移ります。
いまやAIは誰もが使えるツールになってきていることから、ユーザーによる活発な議論、意見が期待されていると説明。
ここで江間氏は文学作品や歴史資料を参照しつつ「想像すること」の大切さを強調します。
人間の持つ「想像した方向に進んでいく力」に期待を込め、どのような社会を作っていくか考え続けることが大切だと主張しました。
加えて、子どもによる豊かな発想が、優れたフィードバックを生むことを説明。子どもの意見をないがしろにせず、社会を変えるきっかけにしていく意識が大事だと語りました。
価値観共有ワークショップの実践事例

最後に江間氏は、お互いの価値観を共有するためのワークショップを紹介。
日々のタスクをリストアップし、そのタスクを機械に任せたいか任せたくないか、その技術が10年以内に可能になるか、ならないか、という割り振りを行うワークショップを解説しました。
ポストイットを貼り付けることで、参加者個人の価値観や全体的な傾向を把握でき、AIの使い方を考えるきっかけになると江間氏は語ります。
「生成AIでできたとしても、人間がやるべきことを、AIを使う前にしっかりと議論しておくことが大事だと思います」と述べ、一度立ち止まって考えることが大切だと再度強調。
「AIのことを考えることは、社会の価値を考えることに根源的に繋がってると思っています」と見解を述べ、講演を締めくくりました。
パネルディスカッション
続いて、楠本氏、伊藤氏、須藤氏、モデレーターの佐藤氏によるパネルディスカッションが実施されました。
最初に佐藤氏が中学校における生成AIの利活用の実践事例を紹介。情報活用能力の育成強化の重要性を指摘し、本格的なディスカッションに入っていきます。

楠本氏の報告
楠本氏は小学校における生成AIについて発表。これまでの学びを活かした計画作り、実態把握、取り組んだ実践、成果と課題を中心に報告を行いました。

発表に対して佐藤氏は「飛躍的なものではなく、現実的な取組をお見せいただいたと思います」とコメント。その理由について楠本氏は「学校全体で取り組みたいということ、教員一人ひとりが自分ごととして向き合うために何ができるかということを考えた結果、このような取組になりました」と回答しました。
伊藤氏の報告
続く伊藤氏は、生成AIを活用する前に行った3つの準備を発表。教職員全員でガイドラインを確認し、その内容に沿った実践から取り組んだこと、全校生徒の保護者から生成AIの利用について承諾を得たこと、生徒も教師もICTを日常的に活用し、情報活用能力を継続的に育成することを挙げました。
これらを土台として、本年度取り組んだ具体的な事例として、フェイクニュースを利用した情報モラル教育、国語の意見文作成、生徒が自主的に生成AIを活用した事例、校務利用における事例を紹介しました。

この発表を受けて佐藤氏は「生成AIの適切な利活用をできる生徒とできない生徒では何が違うのでしょうか」と質問。
伊藤氏は「情報活用能力が影響しますね」と回答し、情報活用能力が不足している生徒には教員が適切に指導を行い、情報活用能力を高めていく重要性を語りました。
須藤氏の報告
続く須藤氏は、教育活用での取組を発表。各教科において、情報活用能力の育成と探究的な学びが関連する場面を取り上げ、生成AIを目的に応じて利活用している事例を発表しました。

各教科の事例に加え、生成AIを活用する高校生の意見を動画で紹介し、生成AIが主体的、対話的な学びや対話の促進に繋がっていることを強調しました。
佐藤氏は「須藤先生から見て、悪い活用をしている子どもはいましたか?」と質問。
これに対して須藤氏は「思ったよりもいないし、私たちが知らないところで子どもたちは想像以上に生成AIをうまく使い分けている」と高い評価を述べました。
生成AIの利活用促進に関する最終議論

3名からの発表後、佐藤氏は生成AIの利活用に関する縦のつながりと横の広がりについて質問を投げかけます。
伊藤氏は縦のつながりとして、「基本的な使い方・仕組み、情報モラルに関する理解といった基盤づくりを行ったうえで高校に受け渡していくことが必要だと思う」と語りました。
横の広がりについて楠本氏は、教員が生成AIを使うことで授業を変える必要性を感じることがあるのではないか、と指摘。須藤氏は「色々な事例を集約することで新しい展開もできると思う。加えて、本校に来てもらった際に情報交換をしていく」ことを今後の取組として挙げました。
最後に佐藤氏が、次のプログラムであるポスター展示で、来場した先生方に意見交換していただきたいポイントを紹介し、パネルディスカッションを締めくくりました。
ポスター展示
パネルディスカッション終了後、全体講評が始まるまでの約90分間、生成AIパイロット校の取組を紹介するポスター展示が行われました。66のパイロット校が、生成AIを活用した取組の成果を展示し、実際に授業や校務で活用した先生方が、来場者に取組内容や工夫した点を説明しながら、質疑応答を行いました。
来場者は熱心に発表内容を見て回り、パイロット校の先生方に積極的に質問する姿も多く見られ、会場は大いに盛り上がりました。

講評・閉会挨拶

ポスター展示終了後、事業企画副委員長 東京学芸大学教育学部教授 高橋氏による講評がありました。
AIがやるべき仕事と人がやるべき仕事

高橋氏は本報告会全体の流れを振り返った後、生成AIを利用して作成した資料をもとに、ポスター展示の内容を総括。
教科ごとの活用方法や情報モラル教育、校務効率化の具体的な手法に加え、今後の課題についても紹介しました。
高橋氏は、生成AIの要約は外れていないと前置きしつつも「僕には生成AIによる単なる羅列みたいに見えて」と述べ、「意図や意思を持って整理するのは僕の仕事かなと思いました」と人が行うべき仕事の特徴を強調しました。
ポスター展示において「AIに全てをさせるのはNG」という趣旨の表現が多く採用されていたことにも言及。ただ「NG」と言うだけでなく、子どもに自分の考えを持って主体的に考えさせるためにはどうするべきか考える必要があると注意を促しました。
生成AIと1人1台端末の違い

続いて高橋氏は生成AIと、生成AIを含まない1人1台端末環境の比較検討を行います。
生成AIではまとめ・結論や、課題そのものを尋ねる用途での使用が多かったのに対し、1人1台端末では情報の収集・発表に活用されるケースが多い、という違いを示しました。
加えて、1人1台端末では複数のプロセスを経て行っていた作業を、生成AIを利用すると一発で解決できてしまうことを注意点として指摘。
自ら考える機会が失われる危険性を伝え、「自分は今どこのプロセスで生成AIを使っているのか考えていくっていうことが必要なのではないかと思います」と対策を述べました。
生成AIと学習過程の変化

続いて高橋氏は事実をもとに考える重要性を指摘。一般的な学習過程を図示しつつ、事実は「情報の収集」に相当し、「課題の設定」や「まとめ」は考えに相当すると指摘。生成AIは、自身の考えをもとにした課題の設定・まとめの過程に使われている実態に注目して話を進めます。
加えて高橋氏は、将来的には事実よりも先に生成AIが生む答えを聞き、その答えにつなげるための事実を集め始める、といった新しいモデルの学習過程に変化していく可能性にも言及しました。
これからのAI活用における重要なポイント

高橋氏は「子ども一人ひとりにしっかり力をつけたいといった大きな目標を持つことが重要だと思います」と述べ、従来の一斉授業と比較しつつ、1人1台端末や生成AIを利用した個別最適で複線型の学びの効果を強調しました。
今やってることをAIに置き換えていくのではなく、子ども一人ひとりに高い資質・能力をつけていくという目標の根幹を捉え直すことで、考え方が変わっていくはずだと語ります。
最後に高橋氏は、生成AIが非常に正確な解答を出す能力を持っていることを示し、今後はテストで良い点を取る、受験を目指す指導は通用しなくなるのではないかと主張。
今後大切になるものとして、ある学校の教育目標である「創造や信愛、頑健」を示し、こうした生成AIの有無にかかわらず、人として重要な事柄を挙げました。
高橋氏はこれらの事柄を羅針盤にして、改めて教育ビジョンや教育目標をよく考えることが重要だと主張し、高橋氏の報告及び本成果報告会は締めくくられました。