1. トップ
  2. 特集一覧
  3. 「リーディングDXスクール事業 第1回 情報交換会」リポート 非連続的なDX推進により「一人一人の子供を主語にする学校教育」へ

「リーディングDXスクール事業 第1回 情報交換会」リポート 非連続的なDX推進により「一人一人の子供を主語にする学校教育」へ

2023.9.1

2023年7月6日に第1回情報交換会が開催されました。「情報交換会」はリーディングDXスクール指定箇所(教育委員会)・指定校・協力校のみに限定したイベントです。
同日に開催された公開学習会に引き続いての開催となり、200名以上の参加者が集まりました。

第1回 情報交換会では、Zoomのブレイクアウトルームを利用して5人程度のグループに分けられ、各グループで1人1台端末の活用やクラウド活用の実践状況について情報交換が行われました。

本記事では、情報交換会の様子に加えて東京学芸大学教育学部教授高橋 純氏による質疑応答の内容についても詳細にレポートします。

なお、リーディングDXスクール事業 第1回 公開学習会のレポートは、最下部関連情報からご参照ください。

ファシリテーター

春日井市教育委員会 教育研究所
教育DX推進専門官 水谷 年孝 氏

登壇者

東京学芸大学教育学部教授 高橋 純 氏

各校でのクラウド活用・ICT導入状況についての情報交換

最初に、公開学習会から引き続きファシリテーターを務める春日井市教育委員会の水谷氏から、情報交換会の趣旨について説明があり、また参加者に対して情報交換会の中でリーディングDXスクール事業に参加する参加者同士で情報交換を行い、公開学習会の感想や振り返り、現在抱える悩みなどについて話し合うよう促しました。

10分のブレイクアウトルームの後、情報交換の内容について全体で共有しながら、情報交換の中で出てきた質問に対して高橋教授が回答・講義を行うという形で進められました。

情報交換会①

1回目のブレイクアウトルームでは、以下のような情報交換が行われました。

  • 本校は初任者を多く受け入れており、若い先生が中心となってGIGAスクールのモデル校にも選ばれましたが、入れ替わりが激しいゆえに人材育成が困難となっていることが課題です。そのため今後はAccessを使ったデータベースを構築することで引き継ぎを行うなどの施策を検討しています。(小学校教諭)
  • 本校でも1人1台端末の活用を進めているところではありますが、私を含めて先生方がうまく使えないところもあるのが現状です。公開学習会でもあった通り、まずは使ってみる、試してみるという意識でおりますが、「協働的な学び」を実現するにはまだ苦労するかなと感じています。(高校教諭)
  • これまでは教育委員会として学校の困り事や問い合わせに対応しながら、GIGAサポート事業に取り組んでまいりましたが、なかなか活用が進まないことが課題となっていました。今年度からは「プッシュ型」として活用が進んでいない学校にヒアリング・訪問を実施するほか、各校でICTを広めてもらうためのICTアドバイザー教員の育成にも力を入れています。(教育委員会職員)

各ルームでの情報交換をもとに、水谷氏や高橋教授に対して次のような意見・質問が寄せられました。

  • 指定校の中学校や小学校では、学習のサイクルを事前に固めていたり、方向性を定めたりしているのでしょうか?
  • 授業や校務で使用する協働学習支援ツールについて、GoogleやMicrosoftなどをどのように選んで、使っていけばよいのか教えてください。
  • リーディングDXスクール事業において、デジタル教科書の方向性について示してほしい。
  • 学校の中で、できる先生とこれからの先生が混在している中で、どのように理解を深めるための研修などを進めていけば良いのか、うまくいっている事例があればぜひ共有していただきたい。

”複線型”の1人1台端末活用は職員室に似ている

高橋教授はまず、公開学習会で登壇した久川先生の授業風景を紹介し、個別で学んでいる子、協働的に学んでいる子、そして一斉学習している子など、同時にそれぞれの学び方が発生することを説明しました。

「このような授業風景は、職員室とよく似ているんです」と高橋教授は指摘します。

一人ひとりで仕事に取り組みながら、困ったら学年で相談したり、教頭先生の話を聞いたりと、職員室での働き方をイメージするとわかりやすいといいます。

なお、学習支援ツールについては文部科学省による標準仕様書の中で、学校向けではなく一般向けのソフトウェアで十分であることが示されているため、各自治体の判断で導入することを推奨しました。

校務・研修・授業で使い方は同じ

続いて、校務や授業でのICT活用の進め方については、「校務・研修・授業でのICT活用をイコールにしていかなければ、研修の進め方などに迷いが生じてしまうのも当然」と指摘しました。

春日井市でもこうした考え方のもとで校務・研修・教務でのICT活用を進めていると語り、どれだけ積極的に校務で使っていけるかが勝負の分かれ目になると示しました。

自走する子どもを育成するための「学習過程×見方・考え方」

前掲の久川先生の授業風景にあったような複線型の授業を実現するためには、ただGoogle Classroom上に課題を置いておけば良いわけではなく、「学習過程×見方・考え方」の組み合わせが重要であるといいます。

どのように学習を進めていくのかを子どもたち一人ひとりが判断できること、その上でどのように考えるかという流れが動いていることが、久川先生の授業を支えていると説明しました。

続いて高橋教授は、従来の単線型と呼ばれるような一斉で学習して端末活用を進めてアウトプットするという流れとは大きく異なり、職員室のようにそれぞれの先生が並行して仕事をすることが「個別と協働」であると解説します。

ただし、いきなり複線型の形だけを取り入れてもうまくいかないとした上で、「大事なのは、子ども一人ひとりを主語にする学校教育という大きな目標に向かって、それぞれが取り組んでいくこと」であると強調しました。

情報交換会②

高橋教授の解説を受け、2回目のブレイクアウトルームでは、以下のような情報交換が行われました。

  • 高橋教授が仰っていた「学習過程×見方・考え方」について、見方・考え方を教える場が授業だと思っていたので、今後どうやっていけばいいのかイメージが湧きにくいなと感じました。(中学校教諭)
  • 本校でも個別最適な学び・協働的な学びを実現するために取り組みを進めていて、高橋教授の写真にあったような複線型の授業風景も見られてきています。ただ、最終的にみんなで考えて思考を深めたいという場面も出てくると考えていて、本当の意味での「クラス全体の協働とは?」と悩んでいるのが現状です。(中学校教諭)
  • 高橋教授が先ほど示した図のように、本校でもチャットを使って子どもたちの他者参照・白紙共有を促し始めているところです。しかしこれまで教員が授業を進めていたところが、子どもの活動時間が長くなったことで、さまざまな課題や戸惑いを感じている現状があります。(中学校教諭)

各ルームでの情報交換をもとに、高橋純教授に対して次のような意見・質問が寄せられました。

  • 先ほどの資料で「学習過程×見方・考え方」という部分がありましたが、春日井市ではどのように進めて、どう子どもたちに体系づけたのでしょうか?
  • 今では教員が主導してICT活用を促したりしている現状なのですが、そこから脱却して複線型授業を目指していくためにどう取り組むべきか、ヒントをいただけないでしょうか。
  • 春日井市でICTを進めていく中で、職員の間ではどういうマインドセットがあって、どのように意識が変わっていったのでしょうか?
  • 他の学校の先生がどう活用しているのかわからないので、本市では週1回テレビ会議で共有する機会を設けているのですが、春日井市ではどのように情報交換されているのでしょうか?

「一人一人の子供を主語にする学校教育」への転換

まず最後の質問に関して、「校内ではチャットでのやり取り、学校間では教科ごとにやはりチャットで情報交換しています」と、春日井市教育委員会の水谷氏が回答しました。

続いて高橋教授は、寄せられた質問のように事例や具体的なやり方をハウツー的に学んで実践するというアプローチは、答えが一つに定まる受験学力の指導には有効でも、思考力、判断力、表現力等の指導には有効ではないと指摘します。

「答えが一つに定まらない資質・能力を指導するのですから、指導法をスタンダード化できません。それぞれの授業や先生によって最適な教え方というのは、先生のキャリアによっても異なる。」と語り、「子どもたちにとっても、自分にとって最適な学び方は自身で選ぶしかない」と指摘しました。

「個別の知識・技能の指導などは、従来通りスタンダード化を図って指導しつつ、学習ソフトを使って代替できるものは代替する.そうでない高次な資質・能力の育成場面では先生方がそれぞれ考えて指導していく必要がある」と語ります。

リーディングDXスクール事業の目的として、個別最適な学び・協働的な学びの充実も挙げられるものの、より大きい目的として“一人一人の子供を主語にする学校教育”を構築することの重要性を、高橋教授は改めて強調しました。

春日井市の先生方にも“一人一人の子供を主語にする”という考え方について繰り返し伝え、「指導方法はご自身で編み出して欲しい」と伝えてきたと言います。

学校内外で進む個別化にいかに対応できるか

次に高橋教授は、「コショウを置いてないことについて腹を立てる客と、ラーメン屋の店主」の二人がケンカするシーンを例として示しながら、学校の内外で進む”個別最適化”について説明しました。

これまではラーメン屋が提供した料理をそのまま食べるしかないお店も多かったが、昨今ではまるで一斉教育に反発する子どものように、様々な調味料で味変するのみならず、麺や油などの好みを指定して個別最適化された料理を求める客が増えている。

こうした流れが日常生活で起こっているにも関わらず、多くの学校や先生方の中には、まだまだテスト対策的な一斉指導の教え方が無意識に前提になってしまっていると指摘します。

その悪例として高橋教授は、思考力育成でいえば「関連付け」や「分類」などを一通り教えてしまう指導方法を挙げています。

高橋教授によれば、「思考力育成は、たくさんのことを記憶させ、再生させるのではありません.子供一人一人が状況を認知して、自然と発揮できるようにすることが重要.まずはできる限り子どもたちには基本的なこと、すなわち最小のことだけを教える。」ことを実践しており、先の例であれば「比較」しか扱わないのだといいます。

「比較が当たり前に発揮できるようになった子どもたちは、自然と分類や関連付けなどに発展していくでしょう.それぞれの子供が得意な方法で問題解決していくように指導していきます」と語りました。

”非連続的”なDX推進の必要性

文部科学省の『教育の情報化に関する手引』では、Society 5.0における“非連続的”な変化について強調しています。

この“非連続的”という言葉の意味について真剣に考えて欲しいと、高橋教授は参加者全員に向けて訴えました。

つまり、ステップバイステップでPDCAを回しながらDX推進に取り組むようなあり方は、明らかに連続的な計画です。

たとえば、これまでの紙時代の授業の延長で、教科書をそのままパソコンに置き換えるような変化を取り入れても意味がないと指摘します。

子どもたちに対して求める資質・能力の水準が高まっている現代では、子ども一人ひとりを主語とした、まったく新しい授業への転換が必要となります。

「どのアプリを使うか、どうファイルを共有するかといったレベルの話ではないこともわかっていただけると思います」そう高橋教授は語りました。

事例をそのまま取り入れるのではなく本質的な理解を

最後に高橋教授は、「春日井市の事例やHow toではなく、本質的な部分を学んでほしい」と強く訴えました。

春日井市のやり方をそのまま真似して取り入れても、うまくいかない可能性が高いといいます。

そうではなく“一人一人の子供を主語にする”という目的のもとで、授業づくりができているかを毎回点検しなければいけないと強調し、講義を締め括りました。

水谷氏も「春日井市でも、子どもたち一人ひとりが自分で学べるようになるためにどうしたらいいのかを考え、ひとまずやってみて試行錯誤する積み重ねでした」と語ります。

そして「それぞれの先生が、子どもたち一人ひとりが自分で学ぶにはどうしたらいいかを考えながら、ICT活用を進めていくことで、結果につながるでしょう」と、今回の情報交換会を総括しました。

参考文献