教師の指導、どう変える? ~クラウドで可視化される学習状況の把握、速やかな指導・支援を考える~ リーディングDXスクール事業 公開学習会 リポート Vol.12
2025年3月10日に実施された“リーディングDXスクール事業”公開学習会にて、「教師の指導、どう変える? 〜クラウドで可視化される学習状況の把握、速やかな指導・支援を考える〜」と題し、デジタルやクラウド環境を活用した教師の指導のあり方について討論が行われました。
本学習会では教育現場の意見や具体的な事例も交えつつ、デジタルを活用した実践的な手法について議論が展開。本記事では公開学習会の発表内容と討論の様子をリポートします。

登壇者
東京学芸大学 教職大学院教授・学長特別補佐
リーディングDXスクール事業企画委員長
堀田龍也 氏
リーディングDXスクール事業指定校
能美市立浜小学校 校長
中野孝子 氏
ファシリテーター
文部科学省 初等中等教育局 学校情報基盤・教材課長
学校デジタル化プロジェクトチームリーダー
寺島史朗 氏
学校におけるデジタル活用の現状

最初に進行役の寺島氏が、今回のテーマを「クラウドを利用した教師の指導」に設定した理由に言及しました。
リーディングDXスクール事業開始から時間が経過し、多くの学校で「端末を使ってみる、触ってみる」段階は完了。現在は、「子どもの学びがどのように深まっていくのか、教師の指導はどうあるべきなのかを考える」段階に進んできている現状を説明します。
事業開始以来、多くの学校を視察してきた堀田氏は、1月に開催された特別講座の内容を振り返りつつ、現場の状況をより詳細に報告しました。「教師の指導性は抑制した方が良い=先生は何もしない方が良い」と結論付けるのは誤りだ、という前回講座の結論を念頭に置きつつ、「リアルな学びをデジタルの力でどのように支え、その時に教師は何をするべきか」を本学習会の中心議題とすることを強調しました。

堀田氏は最近の学校現場の様子をスライドで示し、デジタルを有効活用する子どもたちの様子を紹介。その裏では教師の指導が大きな役割を果たしていることを強調します。

能美市立浜小学校におけるデジタル活用の事例紹介
能美市立浜小学校の校長を務める中野氏はまず、本校における取り組みを報告。授業で端末を活用し、子どもたちが他者参照をしつつ学びを深める様子を紹介しました。

中野氏は端末を活用した授業づくりのポイントをスライドで示し、個別最適な学び、協働的な学びを実現する上で他者参照が重要な役割を示していることを強調します。

さらに中野氏は「他者参照が容易になったことで、これまで受動的だった学び方が能動的なものに変わっていき、子どもが自分の学びをコントロールしやすくなった」と付け加えました。
中野氏の報告を聞いた堀田氏は「他者参照から始まる学びの連続が、子どもたちにとって安心して学べる環境を作っているのではないか」と補足。授業についていけなくなった子どもが取り残される状況を防ぎ、自主的な参加を促すことにつながっていると語ります。

続いて寺島氏の「他者参照できるようになって、教師は何をどのように見ているのでしょうか?」という質問に対して中野氏は「子どもたちが本当に深い学びに向かっているか、思考活動に至っているかに着目しています」と回答。情報収集するだけでなく、思考するためのツールとして使いこなすことの重要性を述べました。
具体例として、教師が子どもたちから集めたスライドを端末でまとめて確認している様子を紹介。一人一人の子どもの進み具合や理解度を、よりスピーディーに把握できるようになったと語ります。
「分かっているように見えて、実はわかっていない」ケースをリアルタイムで確認でき、教師が必要な指導や支援を子どもの必要に応じて行うことができると、有用性を強調しました。
デジタルを活用した教師の指導についての討論

浜小学校の事例から、話題はデジタルを活用した教師の指導に展開していきます。
デジタルとクラウドを活用した授業づくり
堀田氏は、クラウドに共有された子どものスライドから、他者参照を通じて子どもの言語化能力・表現力が向上していることに注目。具体的には、他者にわかりやすいように図示したり、説明したりする力が伸びていると解説します。
この解説に対して中野氏は、「子どもの理解が深まっていく様子を確認しやすくなり、ピンポイントで指導するなど、授業のコーディネートもしやすくなった」と補足しました。

また中野氏は実際に振り返りシートをスライドで紹介しつつ、自己評価、学習内容の振り返り、学び方についての振り返りをそれぞれ記入していることを解説。この振り返り方法を見た堀田氏は「学習内容と学び方の評価を分けるのは非常に大事なやり方だと思います」と、高く評価しました。
従来の授業に対するデジタルの立ち位置

続いて議論は教師がクラウド環境で得られる、大量の情報を使いこなすためのポイントに移っていきます。
まず中野氏が、教師がデジタルとリアルの良さをしっかり理解し、双方の良さを活かした授業設計をしていくことが重要だと強調。
デジタルだからこそ授業ではどのような力をつけたいのか、そのためには協働的な学び、個別的な学びの時間をどのような配分で組み込むか、見方・考え方を働かせる場面はどこか、子どもをどう見取り、どのようにサポートするかを検討することが必要だと説明しました。
説明を聞いた寺島氏は、デジタルで行うことはこれまで授業でやってきたことの延長であり、端末やクラウド環境は従来の方法をより便利に、やりやすくするものだと補足。
堀田氏もこの意見に同調し、授業中に限られた人数しか確認できなかった従来の状況がクラウド活用によって改善し、子どもの学習状況や、学習状況を言語化できているかどうかをより正確に確認することができるようになったと評価しました。
中野氏自身もかつて「デジタルを使わせたら集中力がなくなって学力が下がるのでは」という否定的な考えを持っていたことを告白しながらも、「従来の授業に対して子どもたち自身が疑問を呈していると感じ、とにかく授業をアップデートしなくてはいけない」と強く思ったと語りました。
続く寺島氏からの「具体的にはどういう手立てで授業を変えていったのでしょうか?」という質問に対して中野氏は「教師が前のめりにならないと授業は変わらないと思います」と述べ、中でも特に、子ども一人ひとりをしっかり見ようとする意識と体制づくりに注力したことを説明しました。
教師が現状把握することの重要性

上述の子ども一人ひとりをしっかり見ようとする意識と体制づくりにおいて、中野氏は意識づくりのため、目標までの進行度を可視化するKPIを紹介します。
教師が「なんとなく子どもたちができている」と思っていることの実態を正確に調査し、現状を認識するためにKPIを作成したと語ります。
さらに中野氏は「数値で可視化することで、現状を全員で共有できたのが効果的でした」として、確かな成果があったことを強調。課題を知り、教師が何をすべきか考えるきっかけになったと説明。

実際に、教師の予測よりも子ども同士のやりとりに端末が使われておらず、子ども主体の学びが実現できていないという現状把握ができたと中野氏は語ります。
デジタルを活かした授業づくりへの取り組み

堀田氏は総じて数値が上昇傾向にあるグラフを見て「かなり本気でやった証拠だと思う」と取り組みを称賛し、「具体的にはどのように意識作りと体制作りを進めたのでしょうか?」と質問します。
これに対して中野氏は、月一回開催する「授業作り研修会」が教材研究や単元デザイン作成に効果的だったことを説明。
さらに、自ら考えた授業実践を行う「個人戦」、各学年で決めた実践方法を全クラスで行う「団体戦」という取り組みも紹介し、その様子をチャットスペースでいつでも、どこでも視聴したり、誰とでも意見交換したりすることに活用していると説明しました。
その結果、教師間で共通の話題ができ、良い点を吸収したり、難しかった点を他の教師に相談したり、職員室における会話が活性化したと語ります。
堀田氏は個人戦・団体戦の取り組みについて、教師の個性を活かしつつ他の教師と授業を高め合うための取り組みとして高く評価。また他人の授業を見に行く余裕がない状況への対応策として、チャットスペースが有効に作用することにも言及しました。
校務DXで大幅時短

続いて寺島氏は「こうした研修に教師の多くの時間が割かれることになるが、 時間の作り方はどのように行ったのか?」と中野氏に質問。
中野氏は「校務のデジタル化が負担を大きく減らしました」と、校務DXがタイムマネジメントに重要な役割を果たしたことを強調しました。
教師間のスピーディーなやり取りが可能になり、校務全体のテンポが加速したと語る中野氏。一例として管理職からの伝達がチャットで行われている様子を紹介し、全職員で迅速な情報共有、レスポンスの確認ができるようになったことを示しました。
中野氏は「こうして生みだした時間が子どもたちと関わる時間の増加につながりました」と述べ、校務DXの効果を強調します。
寺島氏は「校務DXは効率化に注目されがちですが、今までやってきたことをシンプルにすることにつながると思うんですよね」と語り、授業研究や教材研究など必要な業務に集中できる環境をつくることで教師の働きがいにも影響を与えるのではないか、と意見を表明しました。
そして中野氏は「子どもを大切にして、良い授業がしたいという教師の思いにデジタルが非常にマッチしたと思います」と述べ、能美市全体の取り組みが、教師が最も実現させたい「良い授業を行い、子どもを伸ばす」というやりがいにつながったと締めくくりました。
本学習会のまとめ

最後に今回の登壇者である寺島氏、中野氏、堀田氏によるまとめが行われました。
中野氏は全体のまとめとして、「できることからまずやってみよう、という気持ちで、まずは授業を変えて行くことが学校を変え、子どもの未来を変えていけるんじゃないかなと思います」と思いを語ります。
寺島氏は「デジタルが変えてくれるわけじゃない」という言葉が印象的だったと述べ、デジタルを使う中でも、最終的には教師が子どもを育てていく姿勢が大切だと強調しました。
中野氏は「教師の指導は大事ですよね」と同調し、「その中でデジタルをうまく使って子ども達が主体的な学びを身につけることができたら素敵ですね」と、デジタルを用いた効果的な学びについて今後も模索する必要性を述べます。
堀田氏は「子どもと同じように教師も自己実現が大事ですよね」と述べ、校務に忙殺されてしまい、本来やりたかった「子どもを育てる時間」が削られる状況を、デジタルをうまく利用して解消してほしいと思いを語りました。
学習会全体のまとめとして、寺島氏はデジタルが教師の仕事をサポートする補助的な役割であることを主張。「教師が行う仕事の本質は変わらないけど、デジタルによる環境整備が教師の仕事をやりやすくしてくれるのだと思います」と述べ、本学習会は締めくくられました。